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福岡家庭裁判所小倉支部 昭和62年(少)2号 決定 1987年1月22日

少年 T・E子(昭47.2.4生)

主文

少年に対し強制的措置をとることは、これを許可しない。

本件を、北九州市児童相談所長に送致する。

理由

本件送致事由の要旨

少年は、両親が離婚しており、父親がその親権者になっているものの父親の住所が一定しないため、母親がその養育・監護に当たっていたところ、母親が昭和61年11月26日覚せい剤取締法違反容疑で○○警察署に逮捕され、同署からの通告により同日北九州市児童相談所に緊急一時保護されたものである。当時少年は妊娠6ヶ月を経過しており強度の梅毒陽生反応が検出されたため、胎児への二次感染のおそれから、同年12月13日北九州市立○○病院において人工妊娠中絶(死産)の処置を施され、引き続き同病院で梅毒の治療中であったのであるが、病識が希薄で、かねてから交際のあった男性見舞客や病院内で知り合った男子高校生と同病院内でわいせつな行為を繰り返したうえ、同月31日には同病院から無断外出して同市○○区○○地区所在のホテルで男子高校生と性交渉を行い翌昭和62年1月1日には帰院したものの、同月7日再び同病院から無断外出した。少年は、これまでにも不特定多数の男性と性交渉を行っており、今回の妊娠についても父親を特定できない状況であり、又、性交渉に際して金品を受け取ったこともあり、このまま放置すれば不特定多数の男性と性交渉を持ち、ひいては売春行為をする虞がある。よって、少年に対して児童福祉法27条の2、少年法6条3項により強制的措置の許可を求めるとともに、予備的に児童福祉法27条1項4号、少年法3条による審判(保護処分)を求める。

当裁判所の判断

そこで判断するに、本件調査、鑑別及び審判の結果によれば、次の事実が認められる。

1  少年は、3歳時(昭和50年3月28日)に両親が離婚し、親権者である父親のもとで養育・監護されていたが、父親が放浪生活を続けていたため小学校入学が1年遅れてしまった。その後少年は昭和55年ころ母方祖母に引き取られ、更に昭和58年ころ母親に引き取られて、それ以来母親のもとで養育・監護されていた。そして、覚せい剤に溺れ、素行不良な暴力団関係者等が出入りする母親のもとで生活するうちに、少年は数人の男性と性交渉を持ち、妊娠し梅毒に感染したため、前記人工妊娠中絶の措置を受けなければならないまでになり、その後も病院で梅毒の治療中であったにもかかわらず、無断で病院を抜け出して男友達と性交渉を持つなどしている。

2  少年は、幼少時から父親に放浪生活を強いられ同年輩の友達と遊ぶ機会が少なかったうえ、小学校高学年からは覚せい剤に溺れ、暴力団関係者などの素行不良者の知人の多い母親のもとで大人にまじっての生活をして来たため、道徳観念、規範意識が希薄で、世事にたけている反面、同性同輩とうまくつきあって行く術を知らず、簡単に素行不良者の遊びの誘いに乗るという未熟性、社会性の乏しさがある。しかしながら、中学1年生時に一人でトランプを万引きして初めて警察に補導されたほかに小学5年生時に友達に誘われて文房具等を万引きしたことがあるだけで具体的な非行は少なく、家庭裁判所に事件が係属したのも本件が初めてである。

3  少年の梅毒は初期感染の症状で、現在までに専門医の治療を受け、既に1クールの治療は終了しており、出血を伴う激しい性行為をしない限り、他に感染する虞は皆無に等しい状態なので、今のうちに完全な治療を受ける必要がある。

4  父親は北九州市内に居住しているものの、本件調査呼出に応じず、本件審判期日にも出頭せず、相変わらず少年の親権者としての自覚に乏しい状態である。母親は昭和62年1月13日福岡地方裁判所小倉支部で前記覚せい剤取締法違反被告事件につき懲役10月(3年間保護観察付執行猶予)の判決を受け、現在少年の祖母方(少年の帰住先)に身を寄せているが、今後の生活方針は立っておらず、これまでの経緯からしても、その監護力に期待することはできない。

5  現時点において、少年を収容可能な医療設備の整った教護院は確保できない状態であり、北九州市児童相談所としては当面同市内にある病院に少年を入院させ1ヶ月間集中的に梅毒の治療をした後、教護院に措置入院させる方針を立て、関係各機関の了解を取りつけている。

6  当初、少年は病識が希薄で母親のもとへの帰住意識が強く、母親も少年を引き取りたいとの気持ちが強かったが、本件調査、審判の経過の中でようやく事態の重大性に気づき始め、両名とも今後は児童相談所の指導(前記方針)に従う旨の誓約をするに至った。

以上の各事実のほか、本件少年調査票及び鑑別結果通知書に記載された少年の資質、生活史、行動歴、家庭環境、学校関係等に鑑みると、現段階では少年を引き続き児童福祉法上の措置にゆだねることが相当と認められ、この際少年に対し強制的措置をとることは安当な方法とはいえないと考えられるし、少年を保護処分に付するのも相当ではないと考えられる。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 長井浩)

〔参考〕 送致書

北九児相第332号

昭和62年1月8日

神岡家庭裁判所小倉支部長 殿

北九州市児童相談所長 ○ ○

送致書

下記児童は強制措置を必要とするもので、審判に付する相当と認め送致します。

(児童福祉法第27条の2少年法第6条第3項)

少年氏名

T・E子

保護者名

実母Z・Z子

生年月日

S47.2.4

職業中学2年

生年月日

S28.8.29

職業なし

本籍

北九州市○○区大字

○○××番地

本籍

北九州市○○区

○○×丁目×番

住居

北九州市○○区○○

×丁目×~×

住居

同左

1.審判に付すべき事由(具体的に記載すること)

本児は母子家庭。母親が61年11月26日覚醒剤で逮捕され、○○署からの通告により同日緊急一時保護を行った。保護当時妊娠6ヶ月を経過しており、出産に備えて母子手帳の交付を受けたところ強い梅毒反応が検出された。治療のため12月5日○○病院に入院させた後、12月6日市立○○病院に転院させた。転病後胎児の二次感染の恐れがあり保健所及び医師の指導により12月15日人工妊娠中絶(死産)を行った。中絶後の回復は順調であったが男性の見舞客や病院内で知り合った高校生と病院内でわいせつな行為を行い度々注意を受けていた。12月31日夕方無断外出して○○のホテル○○で高校生と性行渉を行い翌日帰院した。更に1月7日午前3時再び無断外出した。このまま放置しておくと不特定多数の男性に梅毒を感染させる恐れがあるため鑑別所に収容した上教護又は治療施設に収容することが必要と思われる。

2.参考となる事項

本児から聴取した結果、今迄も不特定多数の男性と性交渉を行っており、今回の妊娠についても父親を特定できない状況であった。性行渉に際して金品を受取ったことがあり、母親が覚醒剤入手のため売春を促したふしもある。親権者は父I・I(53)であるが、住所が一定せず母親が養育に当っていた。

3.参考となる書類、証拠物その他資料

児童記録の写、検査成績書の写

4.処遇意見

母親が早期に出所したとしても、母親の許での更正は望めないこと。当面治療に専念させなければならないが、本児に病識が希薄で病院を簡単に抜け出すため、本児の更正及び性病予防の立場から施設への収容が必要と思われる。

5.強制措置必要とする期間

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